先月「ディープラーニングが分かる数学入門」と言う本を大半読んで、ディープラーニングについて概要を学習しました。
ディープラーニングについて学習の数学的理論の概要を学んだ私の感想は
「ディープラーニングが人間の仕事を置き換えるという事態はあまり進まないと思う」です。
ディープラーニングの概要しか学んでいないので偉そうなことは言えないのですが、ディープラーニングが行っている事は、結局は一般化線型モデルの拡張であるに過ぎないと私は理解しています。
一般化線型モデルはもう色々な分野でかなり使われていますが、それが人間の職を奪うという事はあまり発生していません。

私が関わった仕事で言うと、信用リスクの定量化という課題において多変量のロジスティック回帰モデルはかなり良い精度で信用リスクの定量化作業を行えます。
しかし、信用リスク定量化のモデルを使用する大前提として
・定量化モデルを作り出すための財務データが大量に必要
・その財務データを機械に分かりやすい形(CSVなど)で整理するのは人間
・財務データを入手できない場合は定性的データに頼る場合もあるが、それらを数量化するのは困難(できない事もない)
ハードウェアに関して昔は「ソフトがなければただの箱」と言われていましたが、機械学習やディープラーニング等のソフトウェアに関しては「データがなければただのバカ」と言えると思います。
われわれ人間は基本的なデバイスとして、目、耳、手指、肌、鼻、口などの感覚器が存在し、それらを用いて絶えずデータを収集しています。また、それらを統合する高機能なソフトウェアである脳を携えています。
一方、コンピュータは根本的には0と1の信号しか理解できない上に、上に挙げたような高度なデバイスを備えておりません。
はっきり言って知能(何を知能と定義するかにもよりますが、)に関しては人間に勝つような道筋はまだ見えてないと言って過言ではありません。


もちろんアルファ碁に見るように、
「活用する環境が限定的」かつ「ある程度定型化された作業」であれば人間を超える活躍は見せると思います。
例えば肺や腸の画像診断などではかなりの活躍を行うと推測します(というか、もう活躍している?)

そもそも、囲碁しかできないアルファ碁を人工知能と呼ぶこと自体に私は疑問を感じています。
あなたは目の前の人間が囲碁しかできず、しゃべることも目配せすることも言葉を発することもできず、意味のあるジェスチャーもできないとして、そのような人間に知能があると認識できるでしょうか?
私は認識できないと思います。

現在のディープラーニングという手法はもちろん画期的なのでしょうが、いわゆるシンギュラリティを起こすようなテクノロジーとは思えません。
現状のディープラーニングの枠組みでシンギュラリティが発生すると考えた場合、私は以下のような事が実現しないとダメだと考えています

1:人類の視覚、聴覚、触覚などを高度に入力できるデバイスが世界の至るところに存在する。
至るところとは自宅、職場、医療現場はもとより、パチンコ屋や居酒屋も含みます。また、南極、サバンナ、密林など人数は少ないながらも人間が生活を営んでいる場所全てです。
2:1で入力された情報を瞬時に演算できる演算装置が存在し、それらを統合できるハードウェアとソフトウェアが存在する。

上記のような事態はほぼ起こりえないので、ディープラーニングの枠組みの中でシンギュラリティが発生するとは思えません。

まとめ
・受動的に入力されるデータが無いと何もできないプログラムはいくら高度でも知能とは言えない。
・ディープラーニングの枠組みの中でシンギュラリティは発生しないと思う。

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