インデックス投資家からの脱却 (アンチインデックス)

インデックス投資を嫌うブログ主による駄ブログです。

2019年10月

タイトル通り。
昨日の記事で書いた通り、外資系大手ファンドとの面接がほぼ決定し舞い上がっている。
その理由を考えてみたが
1:外資系からのオファーなぞ人生で初めて。しかも高給が期待できる金融系
2:個人的なバイアスとして「外資系」に期待を持ちすぎている
の2点であると思う。

1については、人生初めてだと緊張したり舞い上がったりすることは仕方がない。
2については単なる個人の印象である。外資系といえどもポンコツも居るだろうし、同じ人間なので能力的にはまぁなんとかなるだろう。
さすがに海外一流大学の博士号持ちとは能力に大きな隔たりがあると思うが、、、

あと、英語での面接をすることになると思うがもちろん英語での面接も人生初めてである。
その不安も感じているのだろう。
しっかり準備して臨みたいところだが、そもそも何を準備してよいのか分からない。
志望動機、自己紹介、業務経験などを日本語で整理し、Google翻訳の力を借りて英語に直すぐらいしか思いつかない。


この3日ほどで発生したプライベート事案を記念として記す。

Twitterを消した日の前後で、LinkedInというWEBサービスに登録した。
そして、日本語のプロフィールを作り込み、英語のプロフィールもそこそこに作った。
オファーなんて来ないだろうな〜、と思っていたら外資系のエージェントから英文でオファーが来た。
んで、興味ある旨を返信したら
「resumeを送れ」と言われた。
英文のレジュメなんぞ準備していないので
「日本語ので良いっすか?」と返信したら
「ええけど、英文のも作ってくれや」
と言われたので、10/30の夜に娘たちを寝かしつけたあと、Google翻訳を駆使して一時間程度で英文のレジュメを作成しエージェントに送付した
そしたらエージェントから
「先方が面接したいと言っている。都合の良い日時を教えてくれ」と、さっきメッセージが届いた。
ちなみにオファーを受けたのは外資系PEファンド大手である。
嫁と相談して面接を受けるかどうか考える予定。
多分受けるけど。


SNSは害悪だと認識していたが、ずるずると続けていた。
この度TwitterのTLで話題になっていた本



を読み、自分がTwitter依存症になっている事を自覚したので思い切ってアカウントを消すという決断をした(単なる一つのウェブサービスのアカウントの取り扱いごときに"決断"という言葉を使っている時点で依存症な気がするが)

Twitter以外では、RSSフィードアプリ、2ch mateもスマホから消した。

少しずつネット依存を解消していきたい。

投資とも何とも関係無いが、この夏に3人目の子供が生まれてから思考がバグっていると感じたのでメモ

別に日常生活や仕事に支障をきたすバグり方ではない。

本題
テレビとかで「理想の子供の数は?」みたいなアンケートやら意識調査の結果があると思う。

私は個人的には結婚後「別に子供はいらないかな」と考えていたが、妻が子供を望んでいたので、協力した。
んで、第一子が生まれる前にはマタニティブルーではなく、パタニティブルーなるものになったりして、子供を持つことに対してプレッシャーを感じていた。
第一子はもちろん可愛かったが、第二子となると
「子供を一人前にするには○千万円必要」などという言説に恐れおののき、二人目は理性が拒否した。
しかし、妻が欲しいと言ったので、またまた協力した。
もちろん第二子も可愛い。
後悔は全くしていないどころが、なんでみんな子供作らないの?レベルの意識を持っている。

んで、3人目の話
さすがに経済的に厳しいという意識が強かった。
妻は3人目欲しいと言ったが、内心では前向きではなかったし、2人で十分という意識が非常に強かった
しかし、一生「子供ほしかった」などと愚痴られては嫌なので後ろ向きに協力した。

んで第三子が生まれた。
頭がバグりはじめた。
「四人目いけるやろ!」
などという意識が芽生えてきたのだ。
第一子〜第三子までの思考の流れとは完全に別物である。
なぜ自分が「四人目イケる!」などという思考に陥ったかも完全に謎。
妻に、この思考の変遷について話したところ
「なんとなく分かる」
と言われた。
「現実的には厳しいけどね」
という注釈もついたが。
ちなみに妻の友人も、3人で限界と考えていたが、3人目が生まれたら
「四人目いけるんちゃう?」
などという思考になったようだ。

職場の人(3人の子持ち)に私の思考の変遷を話したら
「ああ、私もそんな風になりました。現実的には3人が限界なんですけど」
と返ってきた。

私、妻、妻の友人、私の同僚、とサンプル数は4人と少ないが、子供を3人作ると頭がバグる仕様が人間には備わっているのかもしれない。

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